寝たきりの母、認知症の祖母、知的障害の弟の3人を一人で21年間介護
介護者メンタルケア協会代表の橋中今日子です。
私は、リハビリの専門家・理学療法士です。
病院で、0歳から100歳を超える方までのリハビリを14年間担当してきました。
それ以上に長いのが、家族の介護です。
20代で大腸ガンの父(52歳)を看取ったあと、度重なる病で寝たきりになった母、大正生まれの認知症の祖母、知的障害の弟の3人を、たったひとりで21年間介護してきました。
私は理学療法師ですから、一般の人よりも介護や医療についての知識も技術もあるはずでした。
しかし、家族3人の介護と仕事の両立に行き詰まって心身の不調を抱え、職場の人間関係まで崩壊寸前になりました。
父は他界し、姉には家庭があるので迷惑をかけられません。
「家族を守るのは”わたし”しかいない」
そう思い込んでいたのです。
目が覚めた瞬間から、介護と家事が始まります。
自分の食事は立ったままで済ませ、トイレにいくことも我慢して、鏡を見る余裕もなく出勤します。
仕事から帰ると、また介護と家事。
夜も何度も起こされるため、ぐっすり眠ったことがありません。
婚約していた彼との久しぶりのデートも、介護を理由に途中で帰るほど、自分の時間よりも家族の時間を優先していました。
家族を大切にしたくて介護をしているはずなのに、ささいなことでイライラして、守りたいはずの家族に怒鳴りちらしてしまう日が続きました。
「この先、どうしたらいいの?」
「このままでは、家族を手にかけてしまうかもしれない」
誰にも相談できない思いを抱え、苦しんでいました。
笑顔を取り戻すきっかけになった、上司の厳しい言葉
出勤前に、母のオムツが汚れた。
玄関で祖母が転んで怪我をした。
毎日、毎朝、トラブルの連続です。
トラブルが起きるたび、「遅刻します」「休みます」と連絡を入れていたのですが、繰り返されるトラブルの対応に追われ、私は次第に、職場に連絡する心の余裕を失っていきました。
ある日、上司に厳しく言い渡されました。
「これ以上迷惑をかけるなら、辞めてもらう」
遅刻が増え、そのことについて何の連絡も相談もしないことに、上司だけでなく、職場の同僚たちは私に不信感を募らせていたのです。
「こんなにも大変なのに、どうしてわかってくれないんだ!」と、怒りが湧き、衝動的に「わかりました! そんなに言うならもう辞めますっ!」と、叫びそうになりました。
同時に「本当に仕事を辞めてしまってもいいの?」という、自分の声にも気づきました。
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私が勤めていた病院では、遠くに通院できない子供たちのリハビリを一挙に担っていました。
当時、子供のリハビリができるのは私一人でした。
「私が辞めてしまったら、子供たちの行き場がなくなってしまう」
そのことが頭に浮かんだのです。
大学卒業後、理学療法士の専門学校に通ったのは、知的障害を持って生まれた弟の子育てに悩み、心を病んだ母を間近に見てきたことが影響していました。
障害を持つお子さんとお母さんが笑顔になれる仕事がしたい。
障害を持つお子さんだけでなく、兄弟児さんも笑顔になる関わりがしたい。
その思いから、理学療法士になると決め、誇りを持ってリハビリの仕事をしていたのです。
「もう、辞めます!」
そう叫ぶ前に、私は、自分の使命を思い出すことができました。
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そして、これまで誰にも言えなかったことを、初めて上司の目を見て口にすることができたのです。
「20年前、父がガンで亡くなってから、祖母、母、弟の面倒を一人で見てきました。家族で働いているのは私一人です。だから、仕事を辞めたらお金に困るんです」
”仕事を辞めたらお金に困る”
恥ずかしくて、今まで言えなかったことを伝えられた時、それまで眉間にシワを寄せていた上司の表情が変わりました。
「あなたが大変そうなのは、見ていたらわかっていた。でも、どう大変かを伝えてくれなければ、僕たちはどう助けてあげればいいのかわからない。相談しなさい。もっと周りの人を信頼して頼りなさい」
上司の厳しい言葉は、私を退職に追い込もうとするものではなかったのです。
日々重くのしかかってくる介護の負担を、誰にも相談せずに一人で抱え込んでいた私に、
「お前、このままで本当にいいのか?」
「こんな状態をいつまでも続けてはいけない!」
「仕事を続けるためにも、周りに頼らなければ全てを失うぞ!」
と、私に問いかける目的で言ってくれたのです。
この出来事から、私は周りの人に「助けて!」と伝えられるようになりました。
それまで使っていなかったショートステイ(短期宿泊サービス)なども積極的に利用し、仕事と介護の両立のメドが立ち始めました。
上司の厳しい言葉をきっかけに、家族と笑い合う時間を取り戻すことができたのです。
周囲の人たちに届かない「介護者の声」
私は、ブログ『介護に疲れた時、心が軽くなるヒント』を開設しました。
21年間の介護体験、介護うつや介護離職の危機からどうやって抜け出せたのかを綴ると、たくさんのメッセージや相談が寄せられました。
「介護を理由に、婚約していた彼と別れました」
「休むことが多くなって、みんなに迷惑をかけると思って、会社を辞めてしまいました」
「介護できないほど、体が疲れてるんです。でも、家族は介護サービスの利用を拒否していて、わたしが頑張るしかない」
誰にも相談できない、という声がたくさん届くことにショックを受けました。
「認知症の母に優しくできない。私は冷たい人間なんです」
「仕事と介護をうまく両立できないのは、自分がダメだから」
このように、自分を責める言葉を聞いて、ハッとしました。
「助けて!」を言えずにひとりで苦しんでいる方が大勢います。
でも、周囲の人たちにはこの声が届いていないのです。
介護を理由に仕事を辞める人は年間10万人以上にのぼります。
ある調査では、介護を理由に仕事を辞めたひとの半数近くが「職場に介護の悩みを相談しないまま辞めている」という結果が出ています。
そして、介護を理由に仕事を辞めた方の半数以上が、経済的な不安から介護サービスの利用を控え、「仕事をしていた時よりも介護負担が増えた」と回答しています。
私自身も体験したように、仕事と介護の両立をするには、周りの人の協力が不可欠です。
周りの人とは、職場の人間関係だけではありません。
ケアマネジャーさんや介護事業所の職員さんはもちろん、医師、看護師といった医療や介護の専門職の方々、配偶者、家族、親族、ご近所さん、友人なども含まれています。
しかし、介護の問題で悩んでいる人たちの多くが、目の前にいる人に「助けて!」と言えず、負担を一人で抱え込んでいます。かつての私のように、周りに相談する気力や体力が奪われ、冷静な判断を取ることができず「仕事も、自分が幸せになることもあきらめなければならない。仕方がないんだ」と感じてしまっているのです。
介護の4つの時期
介護はトラブルの連続です。
介護者メンタルケア協会では「介護の4つの時期」で介護の流れを見える化し、相談者さんの悩みに対応しています。
パニック期:家族がケガをした、病気が発覚した直後の時期
環境調整期:パニック期から3週間~2ヶ月が経過して状態が落ち着き、介護保険の申請し、サービスの調整や住まいの環境を整える時期
生活期:実質的な介護生活が始まる時期。介護保険サービス、保険外サービスを使っていく。
看取り期:家族との最期の時間をどこで、どのように過ごすかを決める時期
介護者の多くが、何度も何度もパニック期を経験しています。
生活期に入ったと思ったら、また新しい病気や怪我が起きてパニック期に戻ることが多いのです。そして、繰り返される入退院の手続きや介護サービスの再調整の手続きに追われます。
望まないのに気がついたらジェットコースターに乗せられたような感覚です。このジェットコースターはいつ止まるのか全く予想がつかないのです。
介護は長期化しやすいものです。
介護期間の平均は4年7ヶ月との調査が出ていますが、10年以上介護を続けている人も4割近くいらっしゃいます。
介護殺人、心中事件に至った人の約半数が、慢性的な寝不足や不眠に悩まされていたとの報告もあります。
介護疲れを自覚できない介護者
私は、これまでのべ2000人以上の介護の相談に対応してきました。
以下の項目で一つでも当てはまることがあれば「介護疲れが出ていますよ。限界に近いですよ」とお伝えするようにしています。
✅ 他の人に比べたら、自分は大したことしていないと感じる
✅ 「もっとやらなきゃ」「やれるはず」と思っている。
✅ 朝、起きられないことが増えてきた
✅ ささいなことで、イライラする
✅ ささいなことで怒鳴る、暴言を言ってしまう
✅ 1年前と比べて風邪をひきやすい
✅ 食欲が落ちている
✅ お腹いっぱい食べても満足感がなく、家にあるものを食べ続ける
✅ 以前はそれほど気にならなかった汚物の臭い、介護独特の臭いがつらく感じる
✅ 「仕事を辞めた方が楽かも」とふと頭によぎる
✅ 「誰も助けてくれない」と感じることが増えた
✅ 今まで好きだったこと、趣味に関してやる気が低下している
✅ 「どうせ、わかってくれない」と感じることが増えた
✅ 「私さえ我慢すれば」と思う
✅ 「私ばっかり!」と腹をたてることが増えた
✅ 「ケアマネは当てにならない」と思っている
✅ 「あんたにしかお願いできない」と家族から言われると、断れない
✅ わけもなく涙が出てくる
✅ 「このまま死んだら楽なのに」とふと頭によぎる
✅ 電池が切れたように、突然動けなくなる時がある
介護者の多くが、自分の疲労やストレスについて小さく見積もる傾向があります。
ですから、「限界が来ていますよ」とお伝えすると、「疲れている自覚はあるけれど、限界というほどでは……」と、困惑される方がほとんどです。
身体疲労のサインが出ている人ほど、「自分はやれていない」「もっとやらなければ」と、おっしゃいます。
試しに、ショートステイを利用して休みをとった途端に「朝起きられなくなった」「熱を出して寝込んだ」という方の多いこと多いこと!
日々の介護生活の中で張り詰めに張り詰めていた緊張の糸が、休むことによって緩み、ようやく蓄積された疲労を実感できるようになったわけなのです。
介護者は、自分の疲労を感じる力すらなくなっているのです。
身体と心が届けてくれている”サイン”に耳を傾けて!
介護殺人、心中事件につながったケースの多くが、「もう無理!」と感じながら「でも、自分がするしかない」と、がんばりすぎた結果、事件が起きています。
「寝ても、寝ても、体がだるい」
「いままで普通にできていた介護がイヤだと感じる」
「ささいなことでもイライラする。怒鳴ってしまう」
これは、身体が「もう限界!休息が必要だよ!」と教えてくれているサインです。
✅ 今までできてきたことが、できなくなってきた。
✅ 介護をするのがおっくうに感じる。イヤだと感じる。
✅ 体が重だるい
✅ ささいなことで、家族を怒鳴ってしまう
✅ 突然泣けてくる
この状態を感じているとしたら、ピンチではなくチャンスです。
「もう、休んでいいよ!」
「人に相談してみよう!」
「頼ってみよう!」
身体と心が届けてくれている声に耳を傾けて、大切にするチャンスにしてください。
あなた自身が幸せになることをあきらめないで
わたしも、家族の介護について今でも悩みます。たくさんの悩みを抱えています。
悩むたび、ケアマネジャー、介護事業所の職員さん、主治医に相談しています。
そして、これまであまり相談できずにいた姉や友人を頼りながら、進んでいます。
でも、苦しい時には相談できなくなる気持ちを何度も体験してきました。
だからこそ、このHPや、無料で配信しているメールマガジンをご活用ください。
「誰にも話せない」と思った時は、問い合わせフォームからお声を聞かせてください。
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介護者メンタルケア協会代表 橋中今日子